Hard to measure, but surely there. Vol. III

Where It All Makes Sense

― 見えなくても、確かにそこにあるもの ―

― すべてがつながるとき ―

 

休学して「余白」を持つことができた。ハンガリーやチェコなど東欧の国をいくつか回りながら、私は少しずつ自分を再生していった。ラフバラでの学びを冷静に振り返ることができるようになっていった。クリティークに晒されてすぐに逃げ出したわけじゃない。

私の研究テーマを支えてくれていたのは、Dr. Ezio Manzini と Dr. Carla Cipolla が2009年に発表した論文「Relational Services」だった。学術論文を読んで、あんなに心が温かくなったことはない。

自分と同じことを感じている研究者がいること。そして、目に見えない、数値化できない、だけれども、サービスに多大な影響を及ぼす「心理的な関係性」を大事にしている人がいること。その事実が自分をどれほど励ましてくれたことか。

  「サービス」は一般的に、人間の介在の程度や、扱う対象となるモノの種類といった「目に見えるもの」で分類される。しかし、この論文が解き明かそうとしたのは、従来の考え方では「同じ」カテゴリーに分類されるサービスに潜む本質的な違い。「サービス」を「質」で分類する——当時、それは非常に画期的な視点だった。

著者たちは、哲学者 Martin Buberの概念「I-Thou(私とあなた)」と「I-It(私とそれ)」を用いて、サービスを「Relational Services」と「Standard Services」に分類することに挑んだ。

表面上は同じように見えるサービスでも、関わる人々の間に「気持ちの交換」や「心の触れ合い」があり、人間同士として向き合っているサービスを「Relational Services」とし、一方で、人と人が感情の介在なく、まるで「モノ」と「モノ」のように関わっているサービスを「Standard Services」とした。

例えば、ホテルでのサービスと一言で言っても、スタッフとゲストの間でどのような気持ちの交換が行われているかは、それぞれのホテルで全く異なる。そこで働く人々の温度感や想い、運営側の経営方針や姿勢——これらは「目に見えないけれど、確かにそこにあるもの」だ。

「なんとなく好きなカフェ」「なんとなく落ち着くホテル」——この「なんとなく」の感覚を、Relational Servicesという概念は静かに、しかし確かに言語化していた。私が長い間、その輪郭を掴みたいと思ってきた「なんとなく」の正体が、そこに書かれていた。

Relational Servicesは理論として私を支えてくれた。そしてもうひとつ、実践として私を支えてくれたものがあった。

  それは「Designing for Services」という研究論文集の日本語版の出版に共同翻訳者の1人として参加したこと。ご縁をいただき、休学前から取り組み始めた。自身の博士論文のペンは全く走らなかったけれど、翻訳は違った。気がつけば、在英5年を超え、そのほとんどの時間をアカデミアで過ごしてきた私の英語力は、飛躍的に伸びていた。IELTSのスコアが伸びずに泣いていたあの頃は、まるで遠い昔のことのようだった。英国を中心に欧州のサービスデザインを学術的にリードする研究者たちの論文集を翻訳することに、誇りを感じていた。当時、日本人の中で実際の研究現場にこれほど近い場所にいた人間は、おそらく他にいなかったと思う。だからこそ、この仕事は使命のようにすら感じられた。そして、なにより自分の名前が作者及び翻訳者として載る本を出版することは、幼い頃からの夢のひとつでもあった。


2018年の夏。私は「ServDes. 2018」に参加するためイタリアのミラノに居た。そこで憧れのDr. Ezio Manzini (「Relational Services」の著者の1人)のワークショップに参加。大事なものを再確認した私は、ブタペストの地で復学の意思を固めていた。そんな私の元に飛び込んできたのは、想像すらしなかった知らせ。父が大きな火災に巻き込まれ、重症を負った、とのことだった。日本へ戻る機上で私は一睡もできなかった。黒焦げになった父の姿を想像し、それが頭から離れなかった。帰国してからのことは、ここには詳しくは書かないことにする。しかし、父の回復に寄り添い、一人娘としての役割を果たそうと必死になっているうちに世の中は「コロナ」に襲われ、ロックダウンした。イギリスに戻る気力も、術も私にはもう残っていなかった。

帰国後の数年間、私は「イギリス」や「サービスデザイン」に関わるもの、それらを想起させるような人間関係のほとんど全てを排除して、暮らしを再構築していった。イギリスで暮らし続ける友人たち、華々しくアカデミアで活躍するラフバラでの仲間たち、近況報告を求める日本のサービスデザイン界隈の人たち。

その全てが、自分が不本意に日本に帰国したという事実や、成し遂げられなかったことのアレコレを思い出させる。不義理をしたとも思うし、申し訳ないような気持ちもある。けれど、そうでもしなければ、心が壊れてしまいそうだった。

イギリス時代の自分のことなど何も知らない人たちと、サービスデザインなど1ミリも関係のない仕事をして生きる。それが、自分が発狂しないで済む唯一の方法だと思っていた。

幸いなことに、私の英語力と海外経験を買い、迎え入れてくれる会社があった。NASDAQ上場直後で、スタートアップ的な野心に溢れた会社。特殊なテクノロジーを持つ成長著しい会社だった。世界中にオフィスがあり、英語でのコミュニケーションが必須で、基本的には裁量労働制。そんな会社のカルチャーは、私の肌に合っていた。イギリスの大学卒のAPACのHRは、私のCVを見て「What are you doing here? Don't waste your talent!」と言ってくれたけれど。

自分で何かを始めよう、始めなければ!と感じるようになったのは、去年頃から。いくつかの「きっかけ」が重なった。社会状況、環境、年齢——様々なことが複合的に折り重なって、そういう心持ちになっていったのだと思う。

私の中にある「ナニカ」とは何か。模索していく日々の中で、「自分は何のために英語を身につけたのか」、「これからの人生の後半戦をどんな風に生きていきたいのか」を深く考えた。ある日、ふと気づいた。「このまま死んだら、思い残すことが多すぎて、棺桶から出てきちゃう」と。棺桶の蓋を押してあげて、蘇る自分を想像して思わず笑ってしまった。

その「思い残すこと」とは、「何かを成し遂げられなかったこと」への後悔ではなく、「やりたいと思っていたことがあったのに、やろうとしなかったこと」への後悔。「見えなくても確かにそこにあるもの」を自分の感性で表現すること。現象の輪郭を掴み、形を見出し、言葉を与えること。その行為が「Dr.」という冠を有した上で行うことであろうが、そうでなかろうが、結局、私が本質的にやろうとしていることは、ずっと変わっていないのだ。

今までそういった抽象的な行為は、一定の権威のもと、アカデミアで行われなければならない、と思い込んでいた。だから、その道を自ら閉ざした自分にはその行為を行う資格がないと思っていた。

けれど、Momo&Coをはじめて分かったことは、アカデミアという場で、ジャーナルという形で発表できなくても、素敵なサービスや、その背景にある哲学や物語を伝えることはできる、ということ。「サービスデザイン」を噛み砕いた形でプラクティスに落とし込んで、誰かの役に立つ仕様にして届けることだってできる。そして、それを受け取ってくれる人たちもいる、ということ。

社会の中で自分が「肩書としている職業」が「たったひとつ」である必要はないし、収入の割合と、情熱の割合がイコールである必要もない。生きてきた道が、重ねてきたキャリアが、誰の目にも分かりやすい整合性を示していなくてもいい。だいたい人生は「整合性」が取れないものだし、だからこそ、面白かったり、魅力的だったりするのだ。

つまり、自分自身が「All Make Sense」していれば、それでいい。

私はイギリスを去ってから、ずっと自分を責めて生きてきた。それは、苦しかった時に私のことを、私以上に信じてくれた恩師の想いに報いることができなかったから。さらには、若くして病気でこの世を去った彼女の最後の指導学生であったにも関わらず、その名前を自分の博士論文の「Acknowledgement」に記すことができなかったから。

彼女のアドバイスの数々を当時の私は、消化することができなかった。言ってくれていることを頭では理解していたけれど、自分の中に飲み込んで、咀嚼して、血肉にすることができなかった。

いま、やっとそれができているような気がする。

日常生活の中で、出会うサービスに私の心が動く時、その背後にはいつも「Relational Services」の概念と、その論文を教えてくれた恩師の言葉がある。博士論文に刻めなかった「Acknowledgement」は、いつも心の中にある。そして、これから自分がやっていくことの、その全てが「Acknowledgement」であり、自分の経験してきたことの全てのドットを繋げる行為なのだと思う。

  人生の折り返し地点が見えてくるような年齢になった。

「いまさらそんなことして何になるの?」
  「どこを目指してるの?」

そんな声が聞こえてくることもある。

私はシンプルにこう答える。

「悔しさで棺桶から出てこなくて済むようにするため」。

「何かを成し遂げられるか、られないか」ではなく、「自分の魂がやりたいと願うことをやろうとしたか、しなかったか」それだけ。
ただ、それだけが今、私を動かしている。

Where It All Makes Sense

Previous
Previous

Hard to measure, but surely there. Vol. III

Next
Next

Hard to measure, but surely there. Vol. Ⅱ