A Wardrobe in Transition — Rethinking it through World Cup Cycles — Vol. III

Three Pieces as a Pivot

 

あの日は、服を探しに行ったわけではなかった。

長年の付き合いになる友人と新宿御苑の近くでランチをした。20代で出会った私たちも、そろそろ「人生の後半をどう生きるか」について語り合う年齢になり、とある本の話になった。いい人生だったと思えるお金の使い方。という本だ。

重松久惠さん、松浦弥太郎さん、小山薫堂さん、前野隆司教授らの名前が帯に並んでいるのを見れば、この本が「センスが良い大人の視点で語られるお金の話」であることに疑いの余地はない。単なる属性によるカテゴライズで「こうあるべき」と一般論を押し付けてくるのではなく、それぞれの価値観や感性、生きる姿勢という視点を無視せずに「お金」について語ってくれているのではないかと思った。

「ぜひ読まねば!」と盛り上がった私たちは、紀伊國屋書店へ向かった。在庫なし。「上階に本屋があったような気がする」という友人の記憶を頼りに京王百貨店へ。そもそも本屋自体がなくなっていた。諦め切れない私たちは、「ルミネにBOOK 1stがあったはず!」ということで、ルミネに向かった。「ない」。どうやら少し前に撤退したらしい。

「本屋で本を購入し、そのままカフェで読書に耽る」というクラシックな体験と時間を求めて彷徨った私たちだったけれど、諦めた。盛り上がった気持ちを鎮静するべく、なんとなくルミネをブラブラ。

Journal Standard Luxeがあった。ジャーナル系列のブランドは、ときどき見るし、購入することもある。でも、Luxeは、自分のテイストではないな、と思っていた。「八ヶ岳や軽井沢でハーブを育ててる人が着てそう」というイメージがあったから。

けれど、この日、私は店頭でトルソーが着ていたジャケットに魅かれた。セットインスリーブではないリラックス感。メンズライクなシルエット。なんか、いいかも。そう感じ、店内に入ってみた。

ジャケット単体かと思ったら、同素材でパンツとベストもあることを知った。ポリエステル100%の生地でトロピカル素材と名付けられていた。リネンのようなドライタッチな風合いは、軽量で、清涼感があった。試着してみたら、するっと着られて、するっと決まった。落ち感が綺麗だった。

そう。似合ってしまったのだ。

そして、友人も「いいよ、いいよ。すごく似合ってるよ。これは買いじゃない?」と店員さんに加勢する。

ただ、3つ全てを購入するとなると、8万円近くになる。そもそも「人生後半のお金」について向き合いたくて、ルミネまで来たのに、結果、お金を貯めるでも、増やすでもなく、使うという行為に向かおうとしている自分の滑稽さがたまらなく、おかしく、そして愛しくもあった。

「1万円以上の買い物は即決しない」と決めている私は「少し考えます」と言い残し、店を後にした。頭の中で「買うべき理由」を探しながらの帰り道。私は、ふと気がついた。これは、Vol.2で書いた「変数の掛け合わせ」の答えかもしれない、と。

気候変動が進む日本の夏に対応できる素材。かっちりしすぎず、でも、ジャケットとパンツという組み合わせで、オフィスでも通用する。骨格ストレートで、顔タイプがソフトエレガントという私を「昭和の大女優」にも、「沖田管理官」にもしない、ちょうどいいラフさ。バストがある私の永遠の悩みだったスーツのインナー問題も、同じ素材のベストが解決してくれる。ジャケットを脱いでも、ベストとパンツのセットアップとして成立する。

もはや、手に入れない理由がない。

さらに私のお財布の紐を緩めたのは、5月に開催予定の会社の全国行脚イベントの存在。

5月は暑かったり、寒かったりで気温が不安定。北にも、南にも行くので、気候の違いもある。設営など準備には動き回りやすく、それでいて、オープニングやクロージングトークでお客様の前に出る時にも恥ずかしくない服装であることが必要。そして、スーツケースに入れて持ち運ぶので、シワにならないことも大事だった。全てを満たすものはなかなかない。毎年、頭を悩ませていた。

その夜、オンラインを確認したら、在庫がどんどん減っていた。「残りわずか」の表示が出て、焦った私は、翌日、開店と同時に電話。店頭に残っていた最後の1点ずつをキープしてもらった。

5月14日。東京でのイベント初日。この3点セットのデビューだった。

その後、大阪、福岡と移動した。どの土地の気候にも対応できた。雨に降られ、少し濡れても、すぐに乾いた。ジャケットを脱げばベストとパンツのセットアップで動きやすく、暑い時にも対応できる。羽織ればきちんと感が出る。1セットで、いくつもの「シーン」をこなせた。大正解の買い物だった。

クローゼットには、満足度60%くらいのセットアップスーツや、「黒」という色だけを拠り所に、なんとなくセットアップ風に組み合わせてきたジャケット、パンツ、スカートたちが並んでいた。素材感が違うから、黒の見え方も微妙に異なる。でも、「まあ。いいか」と目を瞑ってきた服たち。「なんとなく着られるけど、なんとなく違う」——そういう服たち。

Journal Standard Luxeの3点セットを迎え入れたことで、そんな中途半端な服たちを手放す決心がついた。

変数だらけのワードローブに、答えは突然やってくる。

本を探しに出かけた春の午後、たまたま目に入ったジャケット。あの偶然がなければ、私はまだ「掛け合わせ方」を探し続けていたかもしれない。

ファッションも、人生も、計画通りにはいかない。でも、だからこそ、面白い。

ワードローブはいつだって未完成。
それでいい。
だって、私自身も、世の中もずっと変わり続けるから。

2030年。100周年記念のW杯。

私は、どこで、誰と、どんな服を着て、その時を迎えるのだろうか。

Next
Next

A Wardrobe in Transition — Rethinking it through World Cup Cycles — Vol. Ⅱ